hitsmanのブログ

糸島で一応100キロウォーカーにはなったんですが…

ウッディへ

私も一応100キロウォーカーなんで動画は撮る。まだ愛孫が起きる前に仕事に行った嫁に、朝の愛孫の様子をラインする。

数分後、嫁からの返信「またぁ〜おもちゃ買って〜」・・・そうだ、本日私夜勤にて、いやしぐい&飲み物を買って、レジで支払うと新しい愛孫の仲間が何故かいた。愛くるしい目をしたパンダ。自宅に帰り、家の電話で起きた愛孫、ぐっすり寝た見たいで、目を腫らしながら、ニコッと笑顔!パンダも気に入ったみたいだ。2時間後、愛娘と愛孫は友達とランチにお出かけ、パンダも笑顔で持っていった。本日初スタメンだ。2人を見送り自宅へ入る。

ウッディが睨んでいる!まさにトイストーリー

私生まれ変わったら、パンダの方になろうっと

今日は清らかな心で・・・のはずが⁈

私も一応100キロウォーカーなんで、今日のような晴天はウキウキする。ましてや愛娘、愛孫と能古島へぷらっ旅。初めての船、初めてのバスに愛孫がどんな姿を見せてくれるのか?考えただけでも顔がニヤける。縁側でのタバコもいつもより美味い。今日だけは俺の心は綺麗になっている。頭の中も〜つきせぬ風のざわめく声が〜と井上陽水の能古島の片想いが流れる。

いつものように、出かける予定の時間が過ぎても焦らない、焦らない、こんな時間も楽しもう

渡船場にて船を待つ、土曜日ということもあって、周りには凄い人。少し戸惑いながら、そとを眺める嫁と孫、写真を撮るじーじ、荷物番の愛娘。あー幸せだー。俺は今日は清らか心だ。

アイランドパークまでのバスの運転手に感謝、途中の急カーブでよろけて私を壁がわりにした見知らぬ人に感謝。よく喋るが「私は背が高いから」と日差しをさえぎるために孫が乗っている乳母車の前にデーンと立つ係員に感謝。入り口を通過してすぐの店、孫に笑顔で話しかけるポテト売りのおばあちゃんとは、一緒に写メりたいぐらいだった。

小さく切った能古うどんを美味しそうに食べる孫。うどん粉の生産者、調理人に感謝。たまに耳に入る外国語、よ〜こそ能古島へ、住民に成り代わり感謝。少し寒かったのでコーヒーを購入。その手際の悪さも微笑ましく今日は感じること。

目の前にうつる、広大な土地に広がる満開のコスモス、まさに楽園・・・突然嫁が振り返り、写真を撮っている私に「あんた、オナラしたろ!」・・・。

この女性は一体何を言っているんだ?雲一つない青空、写真を撮る人、取られる人、たくさんの人がこの美しい光景の中で楽しんでいる中でオナラって!たしかに私はかがんでいる、いや、かがんでいる人なんて一体何人いるかわからないくらいだ。だいたい、周りに何人もいる。

ははーん、自分の屁をごまかしたな。「お前やろー」私の清らかな心も、ここまでだった。

アイランドパーク内のヤギを真剣に撮る人、ウエストポーチに「めい」って!

自宅に戻り、写真を見直す。今夜までは少し清い心が能古りそうだ。

ブログを書き終わりトイレへ、「手洗ってね」と嫁の声。

私、生まれ変わったら清い人間になります。

季節はずれの怪談では無いけれど・・・

私のこの不思議な体験をいったいどれくらいの方が信じてくれるのか、いったいどれくらいの方が作り話しと思うのか、信じるも信じないもあなた次第。

私も一応100キロウォーカーなんで、今宵は練習で起こった出来事を記載することと致しましょう。

それはまだ、雪もちらつく今年の1月半ば、嫁と出かけていた帰りに、突然後ろから追突されました。幸い、骨折や外傷は無かったものの、頚椎のヘルニアになりました。余儀なく、長い時間のウォーキングは出来なくなりました。ただ、4月の糸島の110キロウォークにエントリーしていた私は、練習出来ない、悔しさと焦りでいっぱいでした。

せっかく新しいシューズを買い、楽しみながら少しずつ仕上げて行っていたのに。

3月に入っても痛みは続いていたが、けん引と痛み止を飲み、練習再開、少しずつ距離を伸ばしていた。嫁は「大会出場は考えてみた方がいいのでは」と言っていたが、大会2週間前、ハーフの55キロ、12時間切れなかったら諦める事にした。

ハーフを歩く当日、ゴールを通院している病院に設定し、嫁に作ってもらった、おにぎり・サンドイッチをリュックに入れ、まだ暗い夜道をヘッドライトを点灯させスタートした。1時間ほどで腹痛、セブンにヘッドライトのまま早歩き、トイレを済ませ、はや逃げした。糸島を想定し、長い坂道、しばしコンビニもない田舎道(すいません、立ちション×2回)も取り入れながらの練習、中々ペースが上がって来ない。練習不足だ!と自分の実力を棚に上げていた。なんとか目標タイムまで30分遅れで休憩。おにぎりを頬張ると落ち着いた。まだ大丈夫だと自分に言い聞かせた。

再びスタート、30分ぐらいしてペースが少しずつ上がってくるのがわかる。この日までの練習では1日40数キロしか歩いた事がない私だが、それまでの練習で痛めた中指骨、太もも、ふくらはぎの張り、手術した膝の痛みも感じない、この先は経験の無い未知の歩きにもかかわらず、今日のゴールを確信、大会の出場が頭に浮かんだその瞬間・・・私に話しかける人物が。

「そのペースだと後1時間も持たない!ペースを落とせ!」

右から話しかける人物を見る・・・私だ。

でも何故か不思議に思わない。

つぎの瞬間、今度は左に私が、そして意識無しに左の私に「痛みは無いか?少し水分を取れ」と話しかける私。・・・そう私がもう一人の私に入れ替わっていたのだ。

時間にして数分、いや実際は数秒かもしれないが、選手とトレーナーのように一緒に歩いていた。

ゴールの病院で、けん引しながら嫁にメールして、迎えに来てもらう。助手席に乗り込んだ私に「おめでとう、よかったね、大丈夫?」と声をかけ終わるとすぐに、さっきの出来事を話す

嫁「・・・知らんオイさんが話しかけよったっちゃろも」


私のこの不思議な体験を、世の中の幾人かの100キロウォーカーの方が共感してくれたら幸いです。

私、生まれ変わったても、知らないオイさんにはなりません。